ispaceが体現する株式会社の本質:大航海時代から月面開発へ

事例

2025年6月6日、株式会社ispaceの月面着陸機が再び月に接近しましたが、2度目の月面着陸は失敗したと報じられました。ispaceとはどのような企業なのでしょうか。今回は、同社のビジネスモデルや資金調達の側面から、その実態に迫ります。

結論

  • 同社は月面開発の事業に取り組む民間宇宙企業です。
  • 月面着陸機(ランダー)及び、月面探査機(ローバー)の自社開発を行います。
  • 月面開発には多額の開発資金が必要です。同社は増資を中心として資金調達を行います。
  • 2度の月面着陸を試みましたが、どちらも月面着陸の達成が困難と判断され、ミッションを完遂できませんでした。
  • リスク負担は主に増資を引き受けた株主が負います。株主は出資額を限度にリスクを背負いますが、事業が成功した場合はリターンを得ることができます。会社側は資金を調達でき、新たな事業領域への進出を目指すことができます。
  • リスクを伴う事業に必要な資金を集められることこそ、株式会社の本質です。ispaceのケースは、その株式会社制度の仕組みを象徴する例だと言えます。

沿革

ispaceは現CEOの袴田武史氏によって設立されました。

袴田氏は米大学院で航空宇宙工学修士号を取得後、経営コンサルティング会社を経て、民間による月面探査車(ローバーという)開発及び、民間月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」への参加を目指し、2010年9月に合同会社ホワイトレーベルスペース・ジャパン(現株式会社ispace)を設立しました。

その後、ローバー開発及び資金調達面で提携していた欧州のホワイトレーベルスペース財団が「Google Lunar XPRIZE」から脱退したことを受け、2013年5月に組織変更を行い、現在の社名に変更しました。

2013年7月に「Google Lunar XPRIZE」に日本唯一のチーム「HAKUTO」として独自に参加しました。2015年1月に「HAKUTO」で開発するローバーが宇宙空間でも機能する性能を持つことが評価され、「Google Lunar XPRIZE」の中間賞を受賞しております。

2016年10月には、米国デラウェアに子会社ispace technologies U.S, inc.を設立し、NASA Ames Research Park (米国カリフォルニア州)にオフィスを設置しました。当該子会社は月着陸船(ランダ)の開発を実施するため2020年12月に、オフィスをコロラド州デンバーに移転しております。

2017年3月には、ルクセンブルク大公国政府との間で月の資源開発に関する覚書を締結し、子会社ispace EUROPE S.A.をルクセンブルク市に設立しております。

2021年7月には、電波法に係る無線免許の取得及び電波利用を実施するための子会社として、株式会社ispace Japanを設立しています。

同社が開発するランダー及びローバーの写真は下記のとおりです。

画像の出所:ispace2024年3月期有価証券報告書。左が月着陸船(ランダー)で、右が月面探査車(ローバー)。

事業

ispaceは月面開発の事業化に取り組んでいる民間宇宙企業です。

同社は、自社開発のランダー及びローバーを用いて1.ペイロードサービス、2.データサービス、3.パートナーシップサービスを提供することをビジネスとしています。

3つのビジネスのうち、2.は2024年6月28日時点で売上計上に至っていないので、1.と3.を見ていきます

1.ペイロードサービス

顧客の荷物(以下「ペイロード」)を自社開発のランダー及びローバーに搭載し、月まで輸送するサービスです。

ペイロードサービスはロケットの打上げから月面へのペイロードの輸送、打上げ1~2年前を目途に開始される顧客のペイロードをランダー及びローバーに搭載するための技術的なアドバイスと調整月面到着後の実験、これらに関連するデータ通信等に係るサービスが含まれます。

1機のランダーによる1回の月面着陸及び月面探査のプロジェクトを「1ミッション」と定義しており、ミッション単位で事業を運営します。

2022年の初の月面着陸ミッションをミッション12025年の月面着陸及び月面探査ミッションをミッション2とし、これら2ミッションを統括して「HAKUTO-R」プログラムと呼称しております。

ミッション1及びミッション2において、ispaceのランダーはSpaceX社のロケット(外部ベンダー)により打ち上げられた後ロケットから放出され、ランダー自身で自力航行をして、月の周回軌道へと入った後に、月面着陸します。着陸後はローバー等稼働ペイロードががランダーから放出され、月面での観測活動を行いデータ収集等を行います。

画像の出所:ispace2024年3月期有価証券報告書

3.パートナーシップサービス

ispaceは、同社グループの活動を、コンテンツとして利用する権利や広告媒体上でのロゴマークの露出、データ利用権等をパッケージとして販売し、技術開発や事業開発で協業を行うパートナーシップ・プログラムの提供を行っております。

史上初の民間による月面探査プログラムとなる「HAKUTO-R」においても、ミッション1及びミッション2の活動期間を対象とするパートナーシップを提供しており、複数の民間企業とパートナーシップ関係を構築しております。

ミッションのまとめ

2025年6月11日時点で、ミッション1とミッション2という2度のペイロード輸送を実施しております。ミッションの達成状況等は下記のとおりです。

ミッション1ミッション2
打ち上げ時期2022年12月11日2025年1月15日
月面着陸ミッション2023年4月26日2025年6月6日
達成状況月面着陸達成できず月面着陸達成できず
ランダー自社開発:シリーズ1自社開発:RESILIENCE
ローバーアラブ首長国連邦開発自社開発:TENACIOUS
ペイロード重量30kgまで運搬可30kgまで運搬可

同社はミッションを10のマイルストーンに分類しております。マイルストーン9が月面着陸の完了であり、ミッション10が月面着陸後の安定状態の確立です。ミッション1とミッション2は、マイルストーン9の完了が困難と判断されました

2025年6月時点の想定においてですが、ミッション3およびミッション4は2027年に打ち上げを行う予定です。現在は、ミッション10までの打上げ予定を提示しています。

売上計上のタイミング

ペイロードサービスの代金は、ロケット打ち上げの1~2年前の本契約時からロケット打ち上げまでの間に、その金額が入金されます。ミッション1及びミッション2はすでに顧客と契約済みです。

売上の計上方法は、ロケット打上げの1~2年前からペイロードの仕様等のエンジニアリング検討の提供が開始されるため、本契約後以降、ランダーが月へ到着しミッションを完了させるまでの期間にわたって、履行義務充足に応じて売上が計上されます。

契約金額総額は不明ですが、マイルストーン10まで達成でき、月面着陸後の安定状態の確立という状態になると、ミッション成功となり、多額の売上高が計上されると考えられます

パートナーシップサービスの代金は、契約時からプログラム終了期間に、その金額が入金されます。

売上の計上方法は、パートナー各社から受領した協賛金総額を、契約時以降プログラム終了までの期間で分割して計上します。

業績

同社の業績は下記のとおりです。金額の単位は百万円です。

売上高最終損失純資産額
2019303△1,2228,010
2020216△1,6106,395
2021506△2,6147,327
2022674△4,0598,831
2023989△11,398△2,347
20242,357△2,3669,745

2019年3月期から2024年3月期まで、すべての期間で最終損失を計上しております。2019年3月期から2022年3月期までは、ミッション1の打上げ前であり、人件費や開発費といった費用が先行して発生しているため、損失計上はやむ負えないです。この時期までに計上された売上高はミッション1のペイロード代金の一部やパートナーシップサービスからもたらされる代金の一部であると考えられます。

2023年3月期の最終赤字は約113億円と増加しております。この期間にミッション1の打上げを行い、また、後続ミッションであるミッション2及びミッション3の開発も並行して進めたことにより研究開発費が増加したことが、最終損失拡大の要因です。

2024年3月期の売上高が増加しているのは、ミッション1のプロジェクトが完了したことに伴う一時的な売上高を計上したほか、ミッション2およびミッション3のペイロードサービスの契約済みの顧客から売上計上を進捗したことが要因です。

資金調達の変遷

ispaceは最終赤字を計上し続けておりますが、純資産は増減しております。この要因は増資を繰り返しているためです。株主に株式を発行し、出資をしてもらうことで資金調達を行ってきました。

増資時期と名称増資額
2017年12月から2018年2月(シリーズA)103.5億円
2020年7月から12月(シリーズB)35億円
2021年7月から10月(シリーズC)55.6億円
2023年4月(グロース市場へのIPO)65.1億円
2024年3月(海外募集)83.6億円

2017年から2024年3月までに、総額342.8億円の増資を行いました。返済不要な資金であり、リスクは株式を引き受けた株主(投資家)が負います。増資の目的は、事業に用いるランダー及びローバーの開発資金の調達です。事業が成功した場合のリターンを享受することができます。

増資に加えて、借り入れによる資金調達も進めております。

借入時期借入額
2021年5月19.5億円
2022年7月50億円
2024年3月75億円
2024年4月70億円

2024年4月に、株式会社三井住友銀行との間で一部借り換えも含めた総額70億円の借入を行いました。借り換えが含まれるので一部重複した金額ではありますが、2021年から2024年までに総額214.5億円の借入を行っております。借入の場合は、返済義務が伴うので、リスクは企業側が負いますが、元本を回収不能になる可能性もあり、融資先もリスクを負います。

株式会社の本質とispace

株式会社の本質は、リスクを伴う事業に必要な資金を集め、それをもとに事業を展開することにあります。

株主は出資(資金提供)の義務を負うことで、株式を受け取ります。事業がうまくいけば、配当の受取りや株価の値上がりという果実を得られます。また、株主は有限責任であり、株主の義務は出資に限られ、それ以上の損失は負担しません。

株主1人当たりの資金量は限られますが、多くの株主が出資することで、多額の資金を調達することも可能になります。

株式会社制度によって、株式会社は返済不要な資金を獲得できます。返済不要であるため、リスクの高い事業を行うことができます。

株式会社制度が急速に広まったのは大航海時代に新航路の開拓や植民地の獲得、アジアとの香辛料貿易を行うためでした。長距離航海や貿易には多額の資金と大きなリスク(沈没、略奪、失敗など)が伴ったため、一人の商人や国王による全額負担は困難でした。

そこで、多くの出資者が資金を出し合い、利益とリスクを分担する株式会社が考案されました。

かつて、株式会社制度によって航海が活発になり、先進諸国が地球上を開拓してきました。同じ制度を活用して宇宙の開拓に乗り出すispaceは、非常にロマンあふれる会社であると思います。

参考

有価証券報告書 | IRライブラリー | ispace
ispaceは「人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界を目指す」宇宙企業。人類が宇宙で生活をするためには、豊かなる仕組み=経済が必要になります。宇宙資源開発は宇宙に経済を築く第一歩になるでしょう。近年の研究によると、月には貴重な鉱物資源のほか、およそ60億トンの水が存在すると言われています。特に水は、水素と酸素に分

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